最大判令和6年7月3日(令和5年(受)第1319号):優生保護法に基づく不妊手術と損害賠償請求権の期間制限
執筆 | 磯村 保 |
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業務分野 | |
テーマ | 判例解説 |
執筆日 | 2024年8月1日 |
Ⅰ 事件の概要
第一審原告ら(以下、Xら)は、自ら又はその配偶者が優生保護法の諸規定(以下、本件規定)に基づいて生殖を不能にする手術(以下、不妊手術)を受けたと主張する者であり、本件は、Xらが上告人Y(国)に対して、①本件規定は憲法13条、14条1項等に違反しており、②本件規定に係る国会議員の立法行為は違法であり、③Xらが不妊手術によって精神的・肉体的苦痛を被ったなどと主張して、国家賠償法(以下、国賠法)1条1項に基づいてYに損害賠償を求める事案である。本件において、とりわけ、XらのYに対する損害賠償請求権が、改正前民法724条後段の期間経過により消滅したか否かが争点となった。
Ⅱ 原審(大阪高判令和5年3月23日)の確定した事実の概要
- 優生保護法は、昭和23年6月28日に成立し、同年9月11日に施行された法律である。
- 制定当時の同法1条は、同法が、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする旨を定めており、同法2条1項は、同法にいう「優生手術」の定義を定め、これを受けた優生保護法施行規則1条は、優生手術の術式を具体的に定めていた。
- その後、優生保護法は昭和24年、同27年に改正された。また、同法施行規則は昭和27年に全面改正されたが、同規則1条の定める術式には変更がなかった。
- 昭和28年6月12日、厚生事務次官は、「優生保護法の施行について」と題する通知を各都道府県知事宛てに発出した。その通知において、審査を要件とする優生手術については、本人の意見に反しても行うことができる旨、やむを得ない限度においては、身体の拘束、麻酔薬使用又は欺罔等の手段を用いることも許される場合があると解しても差し支えない旨等が記載されていた。
- 昭和29年12月24日、厚生省公衆衛生局庶務課長は、「審査を要件とする優生手術の実施の推進について」と題する通知を各都道府県衛生部長宛に発出した。その通知において、審査を要件とする優生手術の実施状況が、以前に提出された実施計画を相当に下回る現状にあり、計画どおりに実施するよう願いたい旨が記載されていた。また、昭和32年4月7日、同局精神衛生課長は、各都道府県衛生主管部(局)長に宛てて、優生手術の実施件数が予算上の件数を下回っており、当該年度における実施がその実をあげられるようお願いする旨を通知した。
- 被上告人X1は、昭和7年生まれの男性であり、出生時から耳が聞こえなかった。Aは同年生まれの女性であり、3歳の頃、病気のため聴力を失った。X1とAは昭和35年5月に結婚式を挙げ、昭和36年12月に婚姻の届出をした。Aは昭和35年7月頃に妊娠したことが判明したが、その翌日、母親に連れられて病院に行き、人工妊娠中絶手術及び不妊手術を受けた。この不妊手術は、Aの母親の同意をもってA及びX1の同意があったものとして、優生保護法3条1項1号の規定(昭和27年改正後のもの)に基づいて行われた。
- Bは、昭和〇〇年生まれの男性であり、△歳の頃、両耳の慢性中耳炎が悪化して難聴となった。被上告人X2は、昭和〇〇年生まれの女性であり、出生時から耳が聞こえなかった。BとX2は、昭和43年頃に結納を交わし、同年中に婚姻の届出をした。Bは、昭和43年1月ないし3月頃、母親に連れられて病院に行き、不妊手術を受けた。この不妊手術は、Bの母親の同意をもってBの同意があったものとして、優生保護法3条1項1号の規定(昭和27年改正後のもの)に基づいて行われた。
- 被上告人X3は、昭和30年生まれの女性であり、先天性の脳性小児麻痺である旨の医師の診断を受けていた。X3は、昭和43年3月、不妊手術を受けた。同不妊手術は、優生保護法13条2項の規定(昭和27年改正後のもの)に基づいて行われた。
- 平成8年4月1日、らい予防法の廃止に関する法律が施行され、これにより優生保護法3条1項3号の規定が削除された。また、同年9月26日、優生保護法の一部を改正する法律が施行された。この改正法では、同法の題名が「母体保護法」に改められるとともに、同法1条中の「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに」が、「不妊手術及び人工妊娠中絶に関する事項を定めること等により」に改められ、同法3条1項1号、2号、4条から13条までの各規定が削除された。
- 平成10年11月、市民的及び政治的権利に関する国際規約に基づいて設置された人権委員会(以下、自由権規約委員会)は、日本政府に対して、強制不妊の対象となった人々の補償を受ける権利が法律に規定されていないとして、必要な法的措置がとられるよう勧告し、また、日弁連は、平成13年11月、日本政府が、強制的な不妊手術を受けた女性に対して補償する措置を講ずべきである旨の意見を公表した。
- 平成18年12月、日本政府は、自由権規約委員会に提出した報告において、優生保護法に基づき適法に行われた手術について、過去に遡って補償することは考えていないと述べた。
- 同報告に対し、日弁連は、平成19年12月、過去に発生した障害を持つ女性に対する強制不妊措置について、政府として、包括的な調査と補償を実施する計画を早急に明らかにするべきであるとする旨の意見を公表し、また、自由権規約委員会は、日本政府に対し、平成20年10月及び平成26年8月に、同委員会の総括所見における勧告を実施すべきである旨を伝えた。さらに、平成28年3月、女子に対する差別の撤廃に関する委員会は、優生保護法に基づき強制的な不妊手術を受けたすべての被害者が法的救済を受け、補償とリハビリテーションの措置の提供を受けられるようにするため、具体的な取組みを行うよう勧告した。
- しかし、平成31年4月に至るまで、被害者に対して補償の措置が講じられることはなかった。
- 平成30年9月28日、X1、A、B及びX2が本件訴えを提起し、平成31年2月27日、X3が本件訴えを提起した。
- Yは、本件請求権は、改正前民法724条後段の期間経過により消滅した旨を主張した。
- 平成31年4月24日、「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」(以下、一時金支給法)が成立した。一時金支給法3条は、(旧優生保護法の)本件規定に基づいて不妊手術を受けた者を含む所定の者に対し、一時金を支給する旨を定め、同法4条は一時金の額を320万円とする旨を定めていたが、同法は一時金の法的性格を明らかにしておらず、同一の事由に基づいて損害の填補を受けた場合の調整等についての定めもなく、Yに損害賠償責任があることを前提とするものではなかった。
- 令和2年11月、Bが死亡し、X2がBの権利義務を承継した。また、令和4年6月、Aが死亡し、X1がAの権利義務を承継した。
Ⅲ 原審の判断
原審は、上記事実関係の下で、①本件規定は憲法13条及び14条1項に違反し、②本件規定に係る国会議員の立法行為は国賠法1条1項の適用上違法であり、③Xらは、自ら又はその配偶者が本件規定に基づいて不妊手術を受けたことによって精神的・肉体的苦痛を被ったものであり、A及びBの慰謝料は各1300万円、X1及びX2の慰謝料は各200万円、X3の慰謝料は1500万円と認めるのが相当であるとした。また、④国賠法4条の規定によって本件に適用される改正前民法724条後段の期間経過については、要旨以下のとおり判断して、Xらの請求を一部認容した。
「改正前民法724条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであると解されるところ、本件請求権の除斥期間は、本件訴えが提起される前に経過している。しかしながら、除斥期間の経過による効果を認めるのが著しく正義・公平の理念に反する特段の事情がある場合には、条理にもかなうよう、時効停止の規定(同法158条から160条まで)の法意等に照らして、例外的に上記効果を制限できると解すべきであるところ、本件請求権については、上記特段の事情があるものとして、本件規定が憲法の規定に違反していることを上告人が認めた時又は本件規定が憲法の規定に違反していることが最高裁判所の判決により確定した時のいずれか早い時から6か月を経過するまでの間は、上記効果が生じないというべきである。そして、第1審原告らは、上記効果が生ずる前に本件訴えを提起したといえるから、本件請求権が除斥期間の経過により消滅したとはいえない。」(原審判決の判旨原文はこれよりはるかに長文であるが、この引用部分は本件最高裁判決が原審判決の判旨をとりまとめたものである。下線部は磯村が追加。)
これに対して、Y上告し、最判平成元年12月21日民集43巻12号2209頁(以下、平成元年判決)その他の判例によれば、本件請求権は改正前民法724条後段の期間経過により消滅したというべきであり、原審判断には同条後段の解釈の誤り及び判例違反があると主張した。
Ⅳ 最高裁判決の判旨(抜粋)
Yの上記主張に対して、最高裁は、まず以下のとおり述べている。
「平成元年判決は、改正前民法724条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり、不法行為に基づく損害賠償を求める訴えが除斥期間の経過後に提起された場合には、裁判所は、当事者からの主張がなくても、除斥期間の経過により同請求権が消滅したものと判断すべきであって、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張は、主張自体失当である旨を判示している。
しかしながら、本件の事実関係の下において、除斥期間の経過により本件請求権が消滅したものとして上告人が損害賠償責任を免れることは、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない。平成元年判決が示した上記の法理をそのまま維持することはできず、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用となる場合もあり得ると解すべきであって、本件における上告人の除斥期間の主張は、信義則に反し、権利の濫用として許されないというべきである。」(判旨下線部は磯村が追加。以下も同じ。)
これを踏まえて、より具体的に本件における特別の事情について検討が加えられた後、①本件規定の違憲性、及び、②立法行為の違法性について、以下に掲げる引用のとおり述べている。すなわち、ある法律の規定が憲法に違反するかどうかという問題と、そのような規定を立法によって定める行為が違法かどうかという問題は、理論的に区別されるべきものであるが、以下の判旨は、本件規定が憲法上保障されている権利を違法に侵害することが明白であることから、本件規定が憲法に違反するだけでなく、立法行為自体の違法性も認められるとしたものである。
「以上によれば、本件規定は、憲法13条及び14条1項に違反するものであったというべきである。そして、以上に述べたところからすれば、本件規定の内容は、国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白であったというべきであるから、本件規定に係る国会議員の立法行為は、国家賠償法1条1項の適用上、違法の評価を受けると解するのが相当である(最高裁平成13年(行ツ)第82号、第83号、同年(行ヒ)第76号、第77号同17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁参照)。」
次いで、改正前民法724条後段の期間の趣旨や、Yの責任の重大性、被害者による権利行使の困難性等について以下のとおり述べる。
「ア 改正前民法724条は、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図した規定であると解されるところ、上記のとおり、立法という国権行為、それも国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害することが明白であるものによって国民が重大な被害を受けた本件においては、法律関係を安定させることによって関係者の利益を保護すべき要請は大きく後退せざるを得ないというべきであるし、国会議員の立法行為という加害行為の性質上、時の経過とともに証拠の散逸等によって当該行為の内容や違法性の有無等についての加害者側の立証活動が困難になるともいえない。そうすると、本件には、同条の趣旨が妥当しない面があるというべきである。
イ その上で、上告人は、上記のとおり憲法13条及び14条1項に違反する本件規定に基づいて、昭和23年から平成8年までの約48年もの長期間にわたり、国家の政策として、正当な理由に基づかずに特定の障害等を有する者等を差別してこれらの者に重大な犠牲を求める施策を実施してきたものである。さらに、上告人は、その実施に当たり、審査を要件とする優生手術を行う際には身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許される場合がある旨の昭和28年次官通知を各都道府県知事宛てに発出するなどして、優生手術を行うことを積極的に推進していた。そして、上記施策が実施された結果として、少なくとも約2万5000人もの多数の者が本件規定に基づいて不妊手術を受け、これにより生殖能力を喪失するという重大な被害を受けるに至ったというのである。これらの点に鑑みると、本件規定の立法行為に係る上告人の責任は極めて重大であるといわざるを得ない。
また、法律は、国権の最高機関であって国の唯一の立法機関である国会が制定するものであるから、法律の規定は憲法に適合しているとの推測を強く国民に与える上、本件規定により行われる不妊手術の主たる対象者が特定の障害等を有する者であり、その多くが権利行使について種々の制約のある立場にあったと考えられることからすれば、本件規定が削除されていない時期において、本件規定に基づいて不妊手術が行われたことにより損害を受けた者に、本件規定が憲法の規定に違反すると主張して上告人に対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権を行使することを期待するのは、極めて困難であったというべきである。本件規定は、平成8年に全て削除されたものの、その後も、上告人が本件規定により行われた不妊手術は適法であるという立場をとり続けてきたことからすれば、上記の者に上記請求権の行使を期待するのが困難であることに変わりはなかったといえる。そして、第1審原告らについて、本件請求権の速やかな行使を期待することができたと解すべき特別の事情があったこともうかがわれない。
加えて、国会は、立法につき裁量権を有するものではあるが、本件では、国会の立法裁量権の行使によって国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な本件規定が設けられ、これにより多数の者が重大な被害を受けたのであるから、公務員の不法行為により損害を受けた者が国又は公共団体にその賠償を求める権利について定める憲法17条の趣旨をも踏まえれば、本件規定の問題性が認識されて平成8年に本件規定が削除された後、国会において、適切に立法裁量権を行使して速やかに補償の措置を講ずることが強く期待される状況にあったというべきである。そうであるにもかかわらず、上告人は、その後も長期間にわたって、本件規定により行われた不妊手術は適法であり、補償はしないという立場をとり続けてきたものである。本件訴えが提起された後の平成31年4月に一時金支給法が成立し、施行されたものの、その内容は、本件規定に基づいて不妊手術を受けた者を含む一定の者に対し、上告人の損害賠償責任を前提とすることなく、一時金320万円を支給するというにとどまるものであった。
ウ 以上の諸事情に照らすと、本件訴えが除斥期間の経過後に提起されたということの一事をもって、本件請求権が消滅したものとして上告人が第1審原告らに対する損害賠償責任を免れることは、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができないというべきである。」
ウは、冒頭の結論を繰り返すものであるが、この結論を導くためにどのような法律構成をとるか、また、平成元年判決との関係をどう考えるかが問題となる。この点に関する判旨は以下のとおりである。
「以上のことを踏まえて、改正前民法724条後段に関して平成元年判決が示した法理につき、改めて検討する。
不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する改正前民法724条の趣旨に照らせば、同条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり、同請求権は、除斥期間の経過により法律上当然に消滅するものと解するのが相当である。もっとも、このことから更に進んで、裁判所は当事者の主張がなくても除斥期間の経過により上記請求権が消滅したと判断すべきであり、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用である旨の主張は主張自体失当であるという平成元年判決の示した法理を維持した場合には、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定という同条の上記趣旨を踏まえても,本件のような事案において、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することのできない結果をもたらすことになりかねない。同条の上記趣旨に照らして除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用とされる場合は極めて限定されると解されるものの、そのような場合があることを否定することは相当でないというべきである。
そして、このような見地に立って検討すれば、裁判所が除斥期間の経過により上記請求権が消滅したと判断するには当事者の主張がなければならないと解すべきであり、上記請求権が除斥期間の経過により消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない場合には、裁判所は、除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断することができると解するのが相当である。これと異なる趣旨をいう平成元年判決その他の当裁判所の判例は、いずれも変更すべきである。」
平成元年判決は、本件最高裁判決が述べているとおり、改正前民法724条後段の規定は除斥期間を定めたものであり、その性質上、裁判所は当事者の主張がなくても期間の経過により請求権が消滅したと判断すべきであるとしており、これによれば、除斥期間の主張自体が意味を持たないはずであるから、その主張が信義則違反や権利濫用に当たると判断する余地もないことになる。
しかし、本件判決は、除斥期間の経過についても「主張」は必要であり、かつ、例外的な場合には、その主張が信義則違反や権利濫用に当たりうるものであるとして、その限度で平成元年判決を変更したものである。
また、本件大法廷判決には、三浦守の補足意見、草野耕一の補足意見及び宇賀克也の意見が付されているが、そのうち、宇賀意見は、最判平成21年4月28日民集63巻4号853頁(以下、平成21年判決)に付された田原睦夫意見、最判平成10年6月12日民集52巻4号1087頁(以下、平成10年判決)に付された河合伸一の意見に言及しつつ、これらの意見と同様、同条後段は消滅時効を定めるものと解すべきであるとしたものである。
なお、債権法改正後の民法724条2号の定める20年の期間が消滅時効期間であることは条文の文言上も明らかであるが、学説においては、とりわけ、平成元年判決以後、改正前民法724条後段の規定についても、これが消滅時効期間を定めたものであると解する説が多数であった(議論状況の詳細について、大塚直編『新注釈民法(16) 債権(9)』593頁以下[松本克美執筆]参照)。
<コメント>
1. 5つの大法廷判決及びその下級審判決
本件大法廷判決と同一日付で、さらに4つの大法廷判決が出ているが、これらの法廷意見、補足意見、意見は、それぞれ本件大法廷判決を引用しており、本件判決が民集に登載されるものと予想される。
本件を含む5つの大法廷判決及びその下級審判決は以下のとおりである。
① 最大判令和6年7月3日(令和5年(受)第1319号)(=本件判決)
①-1 神戸地判令和3年8月3日 請求棄却
①-2 大阪高判令和5年3月23日 請求一部認容
② 最大判令和6年7月3日(令和4年(受)第1050号)
②-1 大阪地判令和2年11月30日 請求棄却
②-2 大阪高判令和4年2月22日 請求一部認容
③ 最大判令和6年7月3日(令和5年(受)第1323号)
③-1 札幌地判令和3年1月15日 請求棄却
③-2 札幌高判令和5年3月16日 請求一部認容
④ 最大判令和6年7月3日(令和5年(オ)第1341号)
④-1 仙台地判令和元年5月28日 請求棄却
④-2 仙台高判令和5年6月1日 控訴棄却
⑤ 最大判令和6年7月3日(令和4年(受)第1411号)
⑤-1 東京地判令和2年6月30日 請求棄却
⑤-2 東京高判令和4年3月11日 請求一部認容
いずれの事件においても、第一審では除斥期間の経過により本件損害賠償請求権は消滅したとして、原告の請求は棄却されたが、控訴審においては、その結論が分かれた。
控訴を棄却した④-2判決が、除斥期間の経過による請求権の消滅を肯定したのに対して、他の4つの高裁判決は、改正前724条後段の規定が除斥期間であることを前提としつつ、結論的にその期間の適用が例外的に制限されるとした。もっとも、その根拠づけは必ずしも同一ではない。
本件最高裁判決の原審である①-2判決は、改正前民法158条~160条の規定する時効の停止の制度に準じて、改正前民法724条後段の期間の経過が生じていないとするものである。これに先行する②-2判決は、本件における「不法行為の時」を「優生保護法の一部を改正する法律(平成8年法律第105号)」の施行日前日の平成8年9月25日であるとしたうえで、除斥期間の経過に関して、平成10年判決や平成21年判決に言及しながら、まず一般論として、「被害者や被害者の相続人による権利行使を客観的に不能又は著しく困難とする事由があり、しかも、その事由が、加害者の当該違法行為そのものに起因している場合のように、正義・公平の観点から、時効停止の規定の法意(民法158~160条)等に照らして除斥期間の適用が制限される」ことが例外的にありうるとし、当該事件の事実関係に即して、「時効の完成を延期する時効停止の規定(民法158~160条)の法意に照らし、訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスが著しく困難な環境が解消されてから6か月を経過するまでの間、除斥期間の適用が制限されるものと解するのが相当である。」と述べていた。
①-2判決も基本的にこれと同様の考え方を採ったものと思われるが、除斥期間の起算点については、②-2判決とは異なり、損害発生時である不妊手術を受けた時点であると解している。除斥期間の経過が例外的な場合には制限されうるというロジックをとるのであれば、その起算点を侵害行為時=損害発生時よりも遅らせる必然性は必ずしも高いとはいえないであろう。③-2判決、⑤-2判決も、除斥期間の適用が制限されることを認めつつ、その起算点については、①-2判決と同様に解している。
2.本件最高裁判決の意義と評価
被害者の損害賠償請求を認めた4つの高裁判決は、平成元年判決との抵触を回避しつつ、時効の停止制度(改正後は時効の完成猶予)の趣旨を除斥期間に拡大して、被害者の救済を図るものであった。これに対して、本件最高裁判決はより直截に、平成元年判決を変更し、除斥期間についても当事者の「主張」が必要であり、例外的な事情が存在する場合には、その主張が信義則違反や権利濫用に当たるとしたものである。また、反面において、改正前民法724条後段の期間が除斥期間であるとする従来の判例を維持している。
もっとも、最高裁判決のいう「主張」が「援用」とどのような点で異なるのかは明らかではない。従前において、消滅時効と除斥期間の最も重要な区別のメルクマールの1つと考えられていたのが、当事者による援用の要否であったが、当事者の主張が必要であるとすると、実質的に、この点での相違はなくなったといえる。最高裁は、除斥期間の主張が信義則違反や権利濫用に当たるとするためには、主張が必要であるとする前提を採らざるを得なかったと解される。最高裁は、すでに平成10年判決、平成21年判決において、本来、消滅時効について適用される時効の停止の法意に照らして、除斥期間の適用を制限することにより、除斥期間説を維持してきた。本件判決においては、除斥期間についても時効の援用にほぼ等しい「主張」が必要であるとし、形式的には除斥期間説に立ちつつ、その説とは相容れない修正を加えたものといえる。そうであれば、さらに進んで、改正前民法724条後段の期間制限に関する平成元年判決の考え方自体を見直し、同条後段の規定の性格を消滅時効と解釈する可能性を検討すべきであったのではないかと思われる。
上述したとおり、改正後の民法724条2号が消滅時効の期間であることは条文上明らかであるが、この規定が改正前の事件に適用されないことをもって、旧規定における20年の期間が除斥期間であるとする従前の解釈を積極的に根拠づけるものとはいえない。かえって、改正法において長期の期間が消滅時効期間であると明示されていることからすると、従前の規定について、消滅時効期間ではなく除斥期間であると解する必然性が失われたともいえる。
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