EUの外国補助金規制 2023年7月から適用開始
執筆 | 貞 嘉徳 |
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業務分野 | |
テーマ | EU法 |
執筆日 | 2023年1月27日 |
2022年11月28日、EUにおいて、外国政府の補助金規制に関する規則(*1)が成立しました。
本コラムでは、日本企業も適用を受ける可能性のある同規則の内容を簡単にご紹介します。
はじめに
事業者が補助金を受けて事業活動を行う場合、補助金を受けていない他の事業者との競争上優位な地位に立つことになり、本来あるべき事業者間の競争の姿が歪められる可能性があります。EUでは、域内の単一市場(single market)における事業者間の公平な競争条件(level playing field)を確保する見地から、EU加盟国が事業者に対して補助を行うことは原則として禁止されています(TFEU107条~109条)。このようなEUの国家補助規制は、1957年にローマ条約によりEUの前身であるEEC(European Economic Community)が設立された当初から存在しており、域内の単一市場を有効に機能させるために不可欠な規制の一つと位置付けられているものといえます。
1995年には、世界レベルでの規制として、WTOの協定(Agreement on Subsidies and Countervailing Measures)により、WTO加盟国が事業者に対して補助を行うことについての規制が導入されました。
このように、国家補助規制は、EUレベル、そして世界レベルで発展を遂げてきましたが、前者はEU加盟国以外の国(非加盟国)による補助を規制の対象としておらず、また、後者は非加盟国による補助も規制の対象としているものの、国家間の取決めであり、かつ、商品(goods)を対象とした補助に限って規制しており、サービスを対象とした補助は規制対象外であるなど、非加盟国からの補助に対する規制は十分でない状況でした。
そこで、今回、非加盟国による補助を通じたEU域内市場への影響に適切に対処し、事業者間の公平な競争条件を確保するために、新規則が制定されました。
規制の内容
1 概要
新規則による外国補助金の規制は、事前規制と事後規制の大きく2つの枠組みからなります。
事前規制は、事前届出を通じた規制です。①EU域内において企業結合をする場合、又は②EU域内の公共調達に入札参加する場合、非加盟国から補助を受けている事業者は、一定の要件を満たす場合に、事前届出を行うことが義務付けられました。
事後規制は、欧州委員会の職権による調査です。欧州委員会は、対象を限定することなく、広く外国補助金に関する調査を行うことができます。事前届出の対象とならない規模の企業結合や公共調達に関する調査はもちろんのこと、その他あらゆる局面における外国補助金のEU域内市場への影響について調査を行うことができます。
2 事前規制
EU域内において企業結合をする場合、又はEU域内の公共調達に入札参加する場合、非加盟国から補助を受けている事業者は、一定の要件を満たす場合に、事前届出を行うことが義務付けられます。
事前届出の義務に違反した場合、年間総売上高の10%を上限とする制裁金が課される可能性があります(26条3項、33条3項)。
また、事前届出の際に、不正確な情報やミスリーディングな情報を提供した場合、年間総売上高の1%を上限とする制裁金が課される可能性があります(26条1項、2項、33条1項、2項)。
(1)EU域内において企業結合をする場合
事前届出の対象となる企業結合の態様は、合併、買収、又は合弁会社の設立の3つです。
そして、事前届出が必要とされるのは、①合併当事者のいずれか1社(合併の場合)、買収対象企業(買収の場合)、又は合弁会社(合弁会社の設立の場合)がEU域内において設立された/設立される事業者であり、かつ、当該事業者がEU域内において5億ユーロ以上の売上高を有すること、及び、②企業結合の当事者(*2)が、過去3年間に非加盟国から合計5,000万ユーロを超える資金的貢献(financial contribution)を受けていること、という2つの要件を満たす場合です(19条以下)。
なお、これらの要件を満たさない場合であっても、欧州委員会は、事前届出を行うことを求めることができ、事前届出が求められた場合には、事前届出が義務付けられているのと同じ手続きに従うことになります(21条5項)。
上記②の要件における「資金的貢献」の範囲は広く、a. 資本注入、補助金・交付金、融資・融資保証、債務免除、DES、リスケジュールなどの資本・負債に関するもの、b. 免税措置などの国の歳入の放棄に関するもののほか、c. 単なる商品・サービスの提供・購入も含まれます(3条2項)。したがって、通常の価格設定の下で政府に商品を販売したという場合であっても、「資本的貢献」の範囲に含まれることになります。
これらの「資金的貢献」が特定の事業者の事業活動に利益をもたらす場合に、「外国補助」(foreign subsidy)があるものとみなされます(3条1項)。そして、かかる「外国補助」により補助事業者が他の事業者より競争上優位な地位に立つことで、EU域内の競争に悪影響が及ぶ場合に、欧州委員会は、当該企業結合を禁止することができます(25条3項c号)。もっとも、事業者から公正な競争環境を回復するために十分かつ効果的な問題解消措置が確約された場合には、欧州委員会は、当該確約に拘束力を持たせる決定を行うことで対応することができます(25条3項c号)。
ここで重要なことは、事前届出が義務付けられているかどうかの判断の基準となるのは「資金的貢献」の有無であり、それが「外国補助」に該当するか否か、あるいはEU域内の競争に悪影響を及ぼすものであるか否かは関係しません。事前届出の要否の検討に際して、事業者は、「資金的貢献」の有無に基づき判断すれば足り、「外国補助」に該当しない、あるいはEU域内の競争に悪影響は及ぼさないといった理由により、事前届出を怠ることは許されません。
企業結合については、別途、競争法上の企業結合規制(Regulation 139/2003)のほか、安全保障に関する外国投資規制(Regulation 2019/452)が存在しており、スケジュールを含めた案件の見通しについては、それぞれの規制に基づく検討を行う必要がありますので、留意が必要です。なお、企業結合規制に基づく事前届出は、外国補助金規制に基づく事前届出とは別に必要になりますので、それぞれの届出要件該当性を検討する必要があります。
(2)EU域内において公共調達に入札参加する場合
①推定される契約金額が2億5,000万ユーロ以上であること、及び②事業者が過去3年間の間に非加盟国1カ国当たり400万ユーロ以上の資金的貢献を受けていること、という2つの要件を満たす場合に、EU域内における公共調達への入札参加に際して、事前届出が必要となります(27条以下)。
なお、これらの要件を満たさない場合であっても、公共調達に入札参加しようとする事業者は、非加盟国から受領した資金的貢献のリストを提出するとともに、自身には事前届出義務がないことの誓約書を提出しなければなりません(29条1項)。また、欧州委員会は、上記の事前届出の要件を満たさない場合であっても、事前届出を行うことを求めることができ、事前届出が求められた場合には、事前届出が義務付けられているのと同じ手続きに従うことになります(29条8項)。
企業結合の場合と異なり、公共調達への入札参加の場合、基準となる資金的貢献の額は、すべての非加盟国から受けた金額の合計額ではなく、非加盟国1カ国あたりの金額になります。
一方、企業結合の場合と同じく、事前届出の要否について、事業者は、「資金的貢献」の有無に基づき判断すれば足り、「外国補助」に該当しない、あるいはEU域内の競争に悪影響は及ぼさないといった理由により、事前届出を怠ることは許されません。
欧州委員会は、調査の結果、外国補助により補助事業者が他の事業者より競争上優位な地位に立つことで、EU域内の競争に悪影響が及ぶと判断する場合には、当該事業者が落札者となることを禁止することができます(31条2項)。もっとも、事業者から公正な競争環境を回復するために十分かつ効果的な問題解消措置が確約された場合には、欧州委員会は、当該確約に拘束力を持たせる決定を行うことで対応することができます(31条1項)。
合併の場合は合併の全当事者、買収の場合は買収企業及び買収対象企業の双方、また合弁会社の設立の場合は合弁会社の設立に参加する全当事者、の受けている資金的貢献の額を合算します。
3 事後規制
欧州委員会は、事後規制として、EU加盟国、自然人・法人、事業者団体からの情報を含め、外国補助に関するあらゆる情報源からの情報を基に、職権で、調査を開始することができます。
調査の対象に制限はなく、届出義務が課されていない企業結合や公共調達のほか、あらゆる局面における外国補助が調査の対象となります。
欧州委員会は、調査の結果、外国補助がEU域内の競争に悪影響を及ぼすものであると判断した場合、是正措置(補助金の返還など)を求めることができます(11条2項)。もっとも、事業者から公正な競争環境を回復するために十分かつ効果的な問題解消措置が確約された場合には、欧州委員会は、是正措置を求めることなく、当該確約に拘束力を持たせる決定を行うことで対応することができます(11条3項)。
スケジュール
新規則は2023年7月12日から適用が開始されます(54条2項)。もっとも、企業結合及び公共調達にかかる事前届出義務は2023年10月12日から適用が開始されます(同条4項)。
日本企業がとるべき対応
日本企業であっても、EU域内で事業活動を行う場合には、新規則の適用を受ける可能性があります。とりわけ、大型の企業結合案件や公共調達案件に関与する場合には、事前届出の対象となるか否かについて、慎重に検討しなければなりません。
事前届出が必要となる場合を含め、欧州委員会の調査の対象となる場合には、過去に受けた「資金的貢献」の有無・内容を正確に把握して、報告する必要があります。
資金的貢献の範囲は広く、また、日本に限らず、その他の非加盟国から受けたものも含まれます。準備には多くの時間を要するため、日本の政府系金融機関から受けた融資や海外進出に際して受けた免税措置、政府系機関との間での商品・サービスの販売・購入に関する契約など、予め広く情報を集約しておく必要があります。
事前届出を怠った場合には、年間総売上高の10%を上限とする多額の制裁金を課される可能性があり、また、事前届出義務の違反がない場合でも、欧州委員会への情報提供に際して不正確な情報やミスリーディングな情報を提供した場合には、年間売上高の1%を上限とする制裁金を課される可能性があります。
新規則の適用を受ける可能性が見込まれる事業者は、①過去に遡って、いつどこの国からいかなる内容の資金的貢献を受けたのかについて情報を集約するとともに、②今後の事業活動において受けることとなる資金的貢献の把握に漏れがないよう社内体制を整備することが急務と言えます。
資金的貢献は、自社だけでなく親会社・子会社など広くグループ会社が受けたものも含まれるため(23条、22条4項、28条1項b号参照)、その範囲について正確に理解した上で対応を行うことが不可欠です。
*2 合併の場合は合併の全当事者、買収の場合は買収企業及び買収対象企業の双方、また合弁会社の設立の場合は合弁会社の設立に参加する全当事者、の受けている資金的貢献の額を合算します。
※本コラムは、一般的な情報提供を目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。コラム内の意見等については執筆者個人の見解によるものであり、当事務所を代表しての見解ではありません。個別具体的な問題については、必ず弁護士にご相談ください。